価値[再]創造

創価学会における素晴しき体験と
めぐり合った会員や幹部との思い出を基に
価値観を再構築していきます

学会員の風景 第4回

【第4回:女子部幹部の結婚観(上)】

S区の区女子部長・妙子は,本部長の法子から,部長のさゆりが結婚を考えているらしい,ということを聞きました.さゆりはまだ部長になったばかり.しかも,あまり熱心な活動家ではありません.部全体がCクラスといっていいぐらい,停滞した部です.だから,「さゆりちゃんが結婚予定」と聞いて,妙子は,区部長会の後,さゆりを呼び止めずにはいられませんでした.

妙子「法子さんから聞いたんだけど,さゆりちゃん,結婚する予定なんだって?」
さゆり「えっ,法子さん,しゃべっちゃったの.『まだ黙っておいて下さい』ってあんなに念押ししたのに.信じられない!」
妙子「私は区女で,組織のみんなのこと知ってなきゃいけないから.法子さんは本部長として,部長のあなたのことを,きちんと私に報告すべきだと思ったのよ.先生もおっしゃってるけど,こうやって,みんなのことを隅々まで知ってなきゃ,幹部はつとまらない.学会のネットワークって,すごいでしょう」
さゆり「なに勘違いしてるんですか.秘密警察みたいで,おちおち打ち明け話もできやしない.だって,これプライベートなことですよ」
妙子「プライベートっていうけど,さゆりちゃんは部長よ.しかも,まだ任命されて3ヶ月じゃない.さゆりちゃんだけの問題じゃないのよ」
さゆり「はあ? どうして私の結婚が妙子さんに関係あるんですか?」
妙子「私だけじゃないわ.部員さんみんなに関係あるわよ」
さゆり「部長だからって,どうして結婚のことがみんなに関係あるんですか?」
妙子「自覚が足りないなあ.だから,結婚なんていうことを軽々と口に出せるのよ.部長になったばかりじゃない.今結婚したら,あなたの組織はどうなるの? 誰を部長にするの? 後継者を育てたの?」
さゆり「そんなあ,結婚は私の人生の問題ですよ.組織の役職とからめて考えないで下さい.もともと,やりたくないのに無理に部長にさせられたんですから」
妙子「どんな気持ちだったにせよ,さゆりちゃんは,部長の役職を受けてたったのよ.責任を果たさなきゃ.じゃないと,先生にも学会にも申し訳ないじゃない.女子部で戦いきって,使命の道を貫いて,そのうえで結婚しなきゃ.途中で役職を放棄して,自分の都合で結婚するなんて,そんなのエゴよ.まわりも迷惑よ」
さゆり「結婚したいのに,組織の都合でしちゃいけないなんて,そんなムチャクチャな話,ありませんよ.人のために組織があるんじゃないんですか? これじゃ,組織のために人間がいるみたいじゃないですか.結婚するのがエゴだなんて」
妙子「さゆりちゃんのためを思って言ってるのよ.女子部で満足のいく戦いをしないと,絶対に幸せな結婚はできないから」
さゆり「よくそんなひどいことが言えますね」
妙子「私が勝手に言ってるんじゃないのよ.仏法の眼で見たら,そういう結果がきちんと現れるのよ.学会という仏意仏勅の団体をないがしろにして,部員さんを幸せにしないで,自分だけが幸せになれるわけないじゃない.絶対に最後は不幸になる.それが仏法の厳しいところなの」
さゆり「ひどい,あまりにもひどすぎる.妙子さん,わたしはあなたにとって部員ですよ.今のような言葉を聞いて,わたしが幸せな気持ちになれると思いますか.ものすごく傷つきました.わたし自身のことは何も考えてくれてない」
妙子「言い過ぎたかもしれないけど,でも,さゆりちゃんに,自分が部長だっていうことをもうちょっと重く受けとめてほしいの」
さゆり「結局,妙子さんの頭には,組織のことしかない.しかも,いつだって妙子さんは,いとも簡単に人を決めつけてしまう.その基準が,活動するかしないかだけ.そんなんで,わたしを決めつけられて,たまるもんですか.わたしの人生にまで介入しようとして.もう,どうにでも言って下さい.わたしは自分で自分の人生を決めますから.わたしには今がチャンスなんです」

(続く)

正義の対話(2)

これも昔の話です.わたしがまだ良く分かってなかった頃,いえ今でも良く分かっていないですが笑顔、学会批判をする人と何回かお話をしました.もちろんわたしが学会を擁護する方です.

そのときの私が使った「正義の対話」は今でも忘れません.なぜ忘れないのかといいいますと,自分の言葉が「なんて卑怯な『対話』だろう」と思えるからです.そして,気が付かないうちに,学会特有の(論理のない)論法を使うようになっていた自分が情けなく思えるからです.

わたしが言った言葉は,

学会は庶民の味方で,学会を本当に支えているのは
幹部ではなく,無名のおじさんやおばさん達です.

というものです.この種の言葉は,そのときの対話の脈絡にあまり関係がない時に使われたりしますね.要するに,

あなたの批判は的を射ているかもしれないけど,
あなたはそうやって弱者をいじめる酷い人なの?


ということを言わんとしていて,学会の組織悪の話から,「批判者の冷酷さ」に問題を変えることができるのです.実際,わたしはこの方法で成功していた記憶があります.これに似た言葉は,

先生や学会の恩を忘れたの?


というものがあります.この言葉を発したとき,学会問題は消え去り,「批判者は恩知らずな人間」ということに話が変わります.

いまふと思ったんですが,聖教新聞を読んでいると,上記のような言葉が自然と出てきそうですね.ああ,なるほど...

前にわたしが何か疑問を持ったとき,地元の幹部では埒が明かず,本部職員の友達なら何の気兼ねなく話ができるだろうと思い,その本部職員にいくつか質問しました.その友人からはまともな回答はなかったかわりに,「友人なのにそんな質問責めにするな」と言われてしまいました.友人だからこそ,"なあなあ"の関係ではない突っ込んだ話ができるのに,わたしは友人をいじめる悪人になってしまいました.

正義の対話?

聖教新聞では,学会正義を語れといつも書かれています.もちろんどのように語るかは会員自身が考え,自分の言葉で語らなくてはいけません.語るためにはそれなりの情報が必要なんですが,学会内では都合の良い情報しかないために,わたしの経験上,重要な問題に対処できないことが多いです.まるで戦地の情報を何も知らされずに軽装備で戦場へ向かわされる兵士のようです.

わたしは,年配の方々と何度も学会について話をしたことがあります.彼等の年代の人々にとって,学会が起こした言論出版問題や宮本邸盗聴事件などは,決して忘れることができないものです.これらの事件について人と話をするためには,当然わたし自身が事実を押さえておかなくてはならないので,いろいろ調べました.

学会書籍では客観的に解説してるものがほとんどないので,他の情報源に頼るしかありませんでした.わたしが知り得た情報では,残念ながらこれらの事件において学会側の正当性を主張することは不可能でした.言論出版問題では当時の池田会長が謝罪していますしね.

最近,Yahoo BB の顧客データ流出事件やNTT通話記録の漏曳事件があり,学会員が関係していることが明白になりました.前者の事件では,宮本邸盗聴事件に関わった人物がおりますし,後者の事件では反学会の人の通話記録が盗まれ,学会副会長の弁護士が容疑者の弁護をしました.これらの事実から言えることは,

- 他の組織では普通あり得ない犯罪が学会では多発し
- 学会は再発防止の能力を持たない

ということです.

みなさんは,これら多くの事件を含めて,どのように「正義」を語っていますか?なぜきちんと総括しないのでしょう?わたしが学会幹部と話をした印象では,幹部でさえ事件の詳細をあまり知らない人が多いようです.つい最近話をした末端の学会員は「それは置いといて… \(^^\) (/^^)/」と話を逸らしてしまいました.

普通の組織では,不祥事が発覚したとき,世間に向けて何らかの誠実な対応を行います.そういう対応を見れば許せる気にもなります.一方で,学会は不祥事を隠して認めようとしません.言論出版問題に対する池田先生の謝罪は,追い詰められて仕方なくという感が否めません.学会のそういう不誠実さが世間では問題視されています.

学会を認めてくれない相手が悪いのではなく,少しは自分を見詰め直して変革するという「人間革命」が一番必要とされる組織が創価学会であるというのは,あまりにも皮肉が効いていますね.
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