聖教新聞では,学会正義を語れといつも書かれています.もちろんどのように語るかは会員自身が考え,自分の言葉で語らなくてはいけません.語るためにはそれなりの情報が必要なんですが,学会内では都合の良い情報しかないために,わたしの経験上,重要な問題に対処できないことが多いです.まるで戦地の情報を何も知らされずに軽装備で戦場へ向かわされる兵士のようです.

わたしは,年配の方々と何度も学会について話をしたことがあります.彼等の年代の人々にとって,学会が起こした言論出版問題や宮本邸盗聴事件などは,決して忘れることができないものです.これらの事件について人と話をするためには,当然わたし自身が事実を押さえておかなくてはならないので,いろいろ調べました.

学会書籍では客観的に解説してるものがほとんどないので,他の情報源に頼るしかありませんでした.わたしが知り得た情報では,残念ながらこれらの事件において学会側の正当性を主張することは不可能でした.言論出版問題では当時の池田会長が謝罪していますしね.

最近,Yahoo BB の顧客データ流出事件やNTT通話記録の漏曳事件があり,学会員が関係していることが明白になりました.前者の事件では,宮本邸盗聴事件に関わった人物がおりますし,後者の事件では反学会の人の通話記録が盗まれ,学会副会長の弁護士が容疑者の弁護をしました.これらの事実から言えることは,

- 他の組織では普通あり得ない犯罪が学会では多発し
- 学会は再発防止の能力を持たない

ということです.

みなさんは,これら多くの事件を含めて,どのように「正義」を語っていますか?なぜきちんと総括しないのでしょう?わたしが学会幹部と話をした印象では,幹部でさえ事件の詳細をあまり知らない人が多いようです.つい最近話をした末端の学会員は「それは置いといて… \(^^\) (/^^)/」と話を逸らしてしまいました.

普通の組織では,不祥事が発覚したとき,世間に向けて何らかの誠実な対応を行います.そういう対応を見れば許せる気にもなります.一方で,学会は不祥事を隠して認めようとしません.言論出版問題に対する池田先生の謝罪は,追い詰められて仕方なくという感が否めません.学会のそういう不誠実さが世間では問題視されています.

学会を認めてくれない相手が悪いのではなく,少しは自分を見詰め直して変革するという「人間革命」が一番必要とされる組織が創価学会であるというのは,あまりにも皮肉が効いていますね.