もうさすがにしばらくヒッキーになろうと思っていたら、面白い記事を発見しました。

「まん延するニセ科学と、対峙する科学者たち」

半分ぐらいから先が特に面白いですね。
以下一部抜粋:

悩ましいことに、それらの説を流布している人たちの多くは、善意から行動しているというのである。本人たちは「良いこと」をしているという確信を持っているのだから、その説の科学的な問題点や論理的な欠陥を指摘しても、なかなか納得してもらえないし、なによりも「善意の行動に横やりを入れている」ように見えかねないというところが難しい。つまり、場合によっては、善意の第三者の中には、ニセ科学の問題点を指摘している側が悪役に見えかねないってことにある。まあ「正義の押しつけ」は、バランス感覚の優れている人ほど、気持ち悪く感じるもんかもしれないしね。

菊池氏に言わせれば、人がニセ科学に魅入られやすいのは、ニセ科学が単純な二分法で複雑な問題に明快に白黒をつけてくれるからだという。しかし、現実の世界というものは複雑なものであり、その複雑さを少しずつ読み解いていく課程(ママ)こそが「合理的思考」であり「科学的思考」だとも、菊池氏は言う。

菊池氏の取り組みがユニークなのは、自らの活動によって、今すでに「ニセ科学」を信じてしまっている人を説得できるとは、必ずしも考えていないという点にある。
 それよりも、今はまだそういう説を知らない人たちが、ふとしたはずみでその存在を知り、おかしな考えにとりつかれてしまう前に、「こういう説は科学的なように見えて、実は非科学的で何の信憑性もないんですよ」ということを広めておこうというのである。病気に例えれば、感染してしまってからでは治療は困難だから、しっかりと予防措置をしておきましょう、というようなことかもしれない。


抜粋ここまで。

すでに創価を信じてしまっている人は、説得が不可能なのかもしれません。
この記事の結びを書き換えてみました。

これらの試みが、大きな実を結び、ニセ宗教の広がりに少しでも歯止めがかかることを期待したい。

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追記(2/8)
「あるある。。。」とか「思いっきり。。。」とかを見て、納豆やココアなどを買いに走った人達は学会予備軍かもしれません。気を付けましょう。
聖教新聞に載る体験談なども、「あるある。。。」で紹介される成功例のようなもので、その人自身の体験は真実だとしても、学会とは何の関係もない「たまたま起きた」出来事です。なぜなら、ほとんどの人が同じような体験を得ることはないからです。