政党本部周辺の街宣に関する法律は、その数字が絶妙で、公明党本部を中心とする円内にちょうど学会本部が入るようになってます。特定宗教に有利な法律という訳です。

「国際平和非暴力研究所」ググってみたら9件ヒット。日本語検索ですが、英語でも推して知るべし。そもそも存在してるのでしょうか。

八尋さんも頑張ってます。信濃町六老僧の一人でしたっけ?

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1988(昭和63)年(5)

12/??
『国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律』成立。



『「池田私邸」を守る「政党条項」
総選挙の裏側を知れば知るほど、公明党・学会は今や政界全体に高く城壁をめぐらして、もはや恐いものがないかのように見える。
 実際、公明・学会ブロックは前号で指摘した『言論出版弾圧事件』(*1)とその後の政教分離宣言(*2)を契機として、ことあるごとに政治的な組織防衛の仕組みをつくりあげてきた。日本の政党、巨大宗教団体の中でこれほど危機管理に長けた組織は他になく、しかも、学会にとっては、公明党さえも楯にすぎないのだ。とてもひと息でいえないような長い名前の法律がある。
『国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律』
――といい、15年前の88年12月に制定された。名称の通り、国会や外国大使館に対するデモや街宣活動など、拡声器による騒音を規制するもので、条文にはないが、対象地域の概ね半径500メートル以内では街宣車などの立ち入りが阻止される。
 当然といえば当然、なるべくしてなった法律といえる。国民の誰しも不思議には思わないはずだ。しかし、その何でもない法律に、実は秘密が隠されており、それが後に日本の政治史に大きな影響をもたらすことになった。
 法律を制定したのは竹下登内閣だった。当時、国会はリクルート事件(*3)と消費税導入をめぐって紛糾し、野党の審議拒否で空転が続いていた。事態打開のきっかけとなったのは、公明党がそれまでの強硬な態度を一変させ、消費税に反対しつつも、審議に応じたからだった。問題の法律はその直後にできた。
 竹下内閣当時、衆院事務局委員部副部長として同法に携わった平野貞夫・民主党参院議員が制定の内幕を初めて語った。重大な証言である。
「あの法律は竹下内閣が消費税を導入するための見返りとしてできた。内容は、国会や在外公館の周辺で右翼などが街宣活動を展開して騒音問題が深刻になっており、規制しようという趣旨だったが、そこに公明党が『政党本部周辺も規制対象に入れてほしい』といってきた。政府はなんとしても消費税法案を成立させなければならなかったから、公明党が消費税の審議再開に応じることとひきかえに要求を飲んだ。官房副長官だった小沢一郎氏は『憲法違反じゃないか』と怒っていた。確かに、この法律は政治活動や言論の自由に抵触する恐れがあり、消費税導入のためとはいえ、私が手がけたなかでも悪法の一つと内心、忸怩(じくじ)たる思いを抱いている」
 同法第3条は《政党条項》と呼ばれ、国会や外国公館とは別に、政党の事務所(本部)を規制の対象に含める条文が盛り込まれている。
 創価学会本部がある東京・新宿区信濃町周辺には池田大作氏の邸宅や公明党本部、学会関連施設が集中している。それまで学会本部には右翼団体や反学会系組織の宣伝カーが連日のように押しかけ、拡声器のポリュームいっぱいに池田氏や学会批判を展開する光景が〃信濃町名物〃の観を呈していた。当事者には相当な脅威であり、戦懐であったことは容易に想像できる。
 とはいえ、一宗教団体を警察が24時間警備するわけにはいかない。幸い、公明党本部と学会本部はJR信濃町駅をはさんで指呼(しこ)の間(かん)にある。政党条項の裏には、党本部を街宣活動の規制対象にすることによって、そのまま学会本部周辺まで警察の警護エリアとして守られるという巧妙な仕組みが秘められていた。
 公明党が創価学会を守る砦そのものであることがよくわかる。逆に、学会にとって、公明党の消滅は裸の組織になることを意味する。後に新生党、日本新党、民社党などが結集した新進党の誕生によってその矛盾が噴き出した。
 公明党は新進党結党の時、まず衆院側を先行合流させ、参院と地方組織は『公明』として残し、後に全面合併するという二段階方式をとると約束していた。が、いざ参院公明の合流を迫られると、猛烈な拒否反応を示した。
「新進党の本部は国会の近くに置かれていたため、参院公明まで合流してしまうと、政党条項で学会を守れなくなるというのが公明を解散しない理由だった」
新進党中枢にいた民主党幹部はそう振り返る。当時、新進党党首だった小沢氏が突然、同党の解党を決断した背景には、公明党の存立目的と性格が一宗教団体の〃派生的存在〃にすぎず、それから抜け出すことができないと見切ったのが真の理由とされる。

*1言論出版弾圧事件/69年、評論家の藤原弘達氏が公明党の政教一致を厳しく批判した著書『創価学会を斬る』を出版する際に創価学会が行なった妨害工作。著者のもとに抗議電話が殺到したほか・創価学会の意向を受けた公明党の都議や、当時自民党幹事長だった田中角栄氏らが再三にわたって出版中止を要請した

*2政教分離宣言/言論出版弾圧事件が国会で追求されたことを受け、池田大作氏は70年5月、創価学会総会で公明党との政教分離を宣言した

*3リクルート事件/リクルートの関連会社であるリクルートコスモス社の株式が、店頭登録に先立ち多数の政官財関係者に安値で譲渡された事件。1988年の発覚後、自民党の藤波孝生元官房長官をはじめ12人が起訴され、全員に執行猶予付き有罪判決が言い渡された』
(週刊ポスト2003年12月5日号)



平野(※貞夫=当時、衆院事務局の委員副部長。のち参議院議員)によれば、88年に政府与党が静穏保持法を成立させたのも、公明党を消費税法案の審議に協力させるためだった。当時、衆院事務局の委員副部長だった平野は学会・公明党側から取引の相談を持ちかけられて「いいでしょう」と返答した。消費税法案は絶対に通すべきだという信念があったからだ。すると官房副長官の小沢が、
「あんたのような小役人がいいとは何ごとか。この法律は(表現の自由を規制する)憲法違反だ」
と言って怒り出し、学会・公明党の幹部らの前で激論になった。
最後に平野が、
「じゃ、消費税がどうたってもいいんですか。あなたは政府の人間じゃないんですか」と言うと、小沢は、「ウーン」と言って黙り込んだという。
(魚住 昭『野中広務「権力二十年戦争」』最終回『現代』2004年2月号)

12/??
【学会】徳島池田文化会館落成。

12/??
【学会】高知池田文化会館落成。

12/??
【学会】SGI会長、インドの国際平和非暴力研究所から『国際平和賞』を受賞。

12/??
国際証券、学会との取引に付き、法人担当の次長に減給10%4カ月の処分。(91年7/31国際証券・松谷社長記者会見)

12/08
公明党矢野書記長、朝日新聞の『明電工疑惑』取材に対し、「(自宅での2億円の受け渡しなど)絶対にありません。悪質なデッチ上げ」、「(明電工・中瀬古被告や石田専務に会ったことなど)ない」と答える。
(88年12/13朝日新聞)

12/09
朝日新聞、『明電工事件』中瀬古被告の株取引で、名義人に、矢野公明党委員長の現秘書2人と元秘書1人の名前があることを報道。

12/12
公明党矢野書記長、『明電工疑惑』の2億円カロリナ株購入に関し弁明。
(1)自分の元秘書にすすめて2億円を融資させた、
(2)2億の現金の授受は自分が立ち会って自宅で行なった、
とする。

12/下旬
画廊「アート・フランス」石原優社長および陶磁器販売会社「立花」立花玲子取締役から、ルノアール「浴後の女」「読書する女」の転売を委託されたマネジメント会社役員と創価学会員の企業コンサルタントの二人、創価学会の八尋頼雄副会長に購入を打診。(学会側の説明)

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